成り上がりプロフィール


名前 曽我 光 (そが ひかる)
年齢 1971年生まれの40歳
血液型 AB型
出身大学 青山学院大学 法学部 卒業 (第13197271)
モンタナ州立大学 会計学19単位 取得
保有資格 1:英検準1級
2:宅地建物取引主任者
3:AFP(ファイナンシャルプランナー)
4:証券外務員2種  
5:住宅ローンアドバイザー
6:簿記3級
7:初級システムアドミニストレーター
8:MOS (WORD EXCEL POWERPOINT ACCESS)
尊敬する人 イチロー
OK

モンタナ州立大学の
会計学の単位を持ってます

モンタナ州立大学へGO!

OK
~ 保有資格の証明番号 ~ 
1:証書番号:1504934
2:登録番号:044899号
3:登録番号:50130154号
4:パスポート番号:TF4728826
5:登録番号:0901057号
6:証100の3第18738号
7:第AD-2007-04-08366号
8:試験参照番号:1047427/891052/1020683/972048

ファイナンシャルプランナー 証券外務員

OK

どん底からの経歴

   
バリュー曽我と申します。
はじめまして!
以前の私を暴露しましょう。

私は数年前までは普通のさえない営業サラリーマンをしていました。
確かに収支トントンの最低限の年収は確保できていましたが・・

貯金がゼロ・・何年やっても、営業成績ふるわず。ですが、妻子ある身としては、家族を支えるために、起業したり、転職したりするリスクをどうしても冒すことができませんでした。

そんな現状を変えることに足踏みしていたときに、私を突然の不幸が訪れました。

それは・・外回り営業中、スピード違反で警察に捕まり、

何と、1ヶ月間も運転免許停止を受けてしまったのです。
会社に黙って外回り営業を続けることにしました。

やがて、2週間が過ぎ、当日も、普通に外回り営業に出かけました。
ですが、こともあろうに、人生最悪の事態が!

そう、そうなんです!

何と、免許停止中に外回り営業をしていたところ、
再び警察官に呼び止められてしまったのです。

「はい、免許書見せて!」

顔面蒼白。

「あのー、見逃してくれませんか?仕事で、お客さん、待たせてるんですよ。」
「ダメです、免許証見せて!」

「お願いしますよ!」
「お願いしますよ!!」

「免許証見せて!」

「実は・・・免停中なので、免許証、持ってません。」

即刻、その警官は、何か県警に電話した後、
「今から一緒に県警に来てもらいますので、」

えっ??運転免許「取消し??」外回り営業マンだった私には致命的、今後外回りができない!その後、県警に着き、事情聴取を受けた後・・

やはり、即刻、2年間、運転免許取消し決定!

これから先、外回り営業ができないので、今までやってきた仕事はできません。
今後、弱味を握られ、肩身の狭い思いをしながら、同じ職場でやったことのない仕事を始めるのか、それとも、新しい道を切り開くのか。

数日考え・・

退職しました。恥ずかしくて、とうとう社長には本当の事が言えずに辞めてしまいました。すぐ再就職先を探しましたが、希望職は全然見つかりませんでした。

後の講習で、「運転免許取消処分者は、全運転人口の0.05%しかいない。君たちは、その狭き門をくぐってこの講習に来ているんだ。そう、東大に入るよりも難しいんだよ。」と思いっきり嫌味を言われました。(笑)

ちょうどその頃、ホリエモンが台頭してきて、あらゆるメディアに出始めてきていました。その中で、ホリエモンが株投資をススメていたので、とりあえずやってみるかと、
証券口座を開設しました。

それが、株投資のきっかけでした。

ですが・・

最初は、100万円が35万に目減りしました・・

株を始めたのは・・・

かれこれ、6年前です。

当時、ホリエモン、村上ファンドが熱い時代でした。
株の一番勢いがあった時代でした。

連日、連騰、ストップ高の銘柄が毎日たくさんありました。
あの頃は、良かった。

ですが、当時資金力もなく、株を始めたばかりで、
100万投じたお金が、35万に目減りしてしまいました。

そんな最中・・
ライブドアショック!!

あれが、今日の株式市場を一変させてしまいました。
サブプライム、リーマンショックよりあの事件は市場の様相を変えてしまいました。

なぜなら、いわゆるマザーズ・JASDAQなどの新興市場に上場していたベンチャー企業が虚業だと懸念され一斉に毛嫌いされて、だれも投資しなくなってしまったからです。

毎日IPOで登場していたベンチャー企業が、今ではほとんど影を潜めてしまいました。
つまり、「ライブドアショック=新興市場の壊滅」だったのです。

株の人気は、その後一気に衰え、FXにとって代られました。

そんなライブドアショック、サブプライム、リーマンショックと、
日経平均が猛烈に下げていった中、
私は、株投資を諦めずに継続してまいりました。

なぜなら、100万投じたお金が、35万に目減りしたころ、
ある事に気づき、それを実践したら、たまたま成功してしまったからです。

詳しい戦略・戦術はここでは明かせませんが、

哲学的に申しますと・・
100万→35万になるまで、これだけ、コツコツ負けていたのなら、
その逆で、必ず、コツコツ勝てる方法があるに違いないと直感しました。
また、1年後に1億稼いでやろうという強欲を捨て去りました。

それからは、毎日、失敗→反省→改善→検証を繰り返す日々が続きました。

儲かりやすい相場ではございませんでしたが、
私は、この6年間、株デイトレードの営業日は、ほぼ全営業日、参戦しております。

そして、株デイトレードでの一つ一つの失敗から、
成功法則を見出してきました。

その法則を見つけては、メモ帳に記録して、
毎日、株取引開始前に、じっくり眺めていました。 

そして日が経ち・・

その甲斐あって、見る見るうちに、私の勝率は上がっていきました。
30%の勝率が、40%になり、50%になり、60%になり、70%になり、80%になり、
とうとう、90%にまで昇華させることができました。

そして、35万まで目減りした資産が、100万に戻り、

100万が、200万になり・・
200万が、400万になり・・
400万が、800万になり・・
800万が、1600万になり・・

いつの間にか、ひまリッチになっていました・・(笑)

2011年3月31日

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